Vの歌を聴け

「完璧な投資などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。」

Vの不在

ナイトテーブルの上では、ATAOの長財布が、ラブホテルの少し安っぽい光を受けて、ステンドグラスのように煌めいている。

それは、僕が彼女の37回目の誕生日に、プレゼントとして送ったものだ。

「これじゃ、小銭がほとんど入らないじゃない」
「1万円札が何枚かと、クレジットカードが入っていれば十分だろう?」
「お財布の中身よりも、お財布の方が高いかも」
「そんなに高くないよ」
「まあ、でも、ありがとう。うちのダンナなんてきっと、私の誕生日すら覚えてない」

プレゼントに対して、送り主に面と向かって文句を言う女性を、僕は彼女しか知らない。けれども、プレゼントを受け取るという行為自体は、まんざらでもなさそうだ。彼女は微笑みながら軽く唇を重ね合わせると、姿勢を起こし裸のままベッドに腰をかけ、早速、財布の中身を移し替えて始めた。

僕らはこうして、1か月か2か月に一度、平日の昼間に郊外のショッピングセンターの駐車場で落ち合い、どちらかの車でラブホテルに向かい、そこで2〜3時間、セックスをしたり、テレビを見たり、一緒にバスタブで湯に浸かったり、セックスをしたりした後で、再びショッピングセンターの駐車場で別れる、という関係をもう5年近くも続けていた。

夜に彼女と会うことは無い。夕方を過ぎてからの彼女は、夫や娘2人の面倒を見なければならなかったし、僕は、僕自身の面倒を見なければならなかったからだ。

一度だけ、彼女の家のリビングで、彼女を抱いたことがあるが、室内で飼っているトイプードルがひっきりなしに僕と彼女の横で吠え続けるものだから、僕は途中でやめてしまった。途中でやめる人なんて初めてだ、とその後、しばらく彼女は僕をなじり続けた。

 
「あれ、ビザのカードがない。無くしちゃったかな…」
「家にあるよ、きっと。無くしてたらおおごとだよ」
「うん…そうだよね。たぶん家」
彼女はバッグの中や、上着のポケットの中をひとしきり確認した後で、諦めたようにこう言った。

そうだ。VISAが無いだなんて、確かにおおごとだ。
僕が投資を始めた2年前、VISAはまだ、1株100ドル前後の値でうろうろと彷徨っていた。それが、どうだろう。今となっては170ドルを超え、上場来高値をこのまま更新し続けるんじゃ無いか、と言うほどの勢いだ。

あの時、"V"を全力買いしていたら…僕はそう思って苦笑いした。
僕が今手にしているのは、ほかの"V"なんだ。


彼女は今、僕がガソリン代を買うくらいのキャッシュまで惜しんで、徒歩で通勤していることなど知らない。彼女は無邪気に微笑んで、僕の”ポートフォリオ"に優しく手を伸ばしてきた。

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